河村新城

 河村新城の築城時期については不明であるが、後北条氏が甲斐武田氏の侵攻に備えて配したと思われる。

丹沢連峰の南側の甲斐から直接侵攻できる街道に位置するこの城では幾度も攻城戦が行われている。永禄12年(1569)には武田信玄により湯ノ沢城・足柄城深沢城とともに落城したとされ(『甲陽軍艦』)、天正9年(1581)には武田勝頼の軍勢に攻められたという(『寛永土屋譜』)。

武田氏滅亡後も引き続き後北条氏の持城として重視されてきたが、天正18年(1590)豊臣秀吉による小田原城攻めにおいては徳川家康配下の甲州勢に攻められる。遠山景政が指揮するものの、城兵31名が討ち死にした事で落城。城は廃城になったという。

   

(新城址。主郭の面積はさほどなく、今は鬱蒼とした草木に覆われ荒れ果てている。)

  

(主郭の回りにはわずかに石積みが見られる。中央写真は主郭の北側の茶畑から主郭を望んだもの。ここも元は郭が配置されていたのであろうが、その遺構は確認できない。右写真は全景でこの頂上が城址。城址の場所は案内がないのでなかなか見つけにくい。松田から行くのであれば、国道246号を丹沢湖方面に進む「清水橋」という交差点があるが、そこから246号を御殿場方面にひとつ進んだ右手の山に登っていく細い道に右折する。この山が「城山」で茶畑の中を頂上へ向って進行すれば城址に当たる。)

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