浜居場城

 室町時代に大森寄栖庵が築城したという。

足柄城の支城で、甲斐や丹沢に通じる間道を押さえ、足柄山地の北半分を監視する重要な城であった。戦国時代の初期に北条早雲の計略にかかって小田原城を奪われた大森氏の一部の軍勢はこの城に立てこもって最後の一戦を試みたともいわれる。

その後は後北条氏の配する城となっていたが、後北条氏と甲斐武田氏の関係が緊張してくると、甲斐からの直接侵略が考えられた浜居場城も大改修される。

天正9年には「はまいはと足柄の道、往還の事、一切停止せしておわんぬ」という『はまいは掟』によってこの地が特に厳重な監視体制におかれたことが知られている。

   

(遺構ははっきりしない。『日本城郭大系6』が発刊された昭和54年当時でも「遺構は必ずしも明瞭でない」という。写真は山頂付近の山伏平に見られる平地。かなりの面積をとっているが、堀址などは確認できなかった。右写真が遠望で、険しい山の頂上付近が城址。山中には「21世紀の森」というハイキングコースの駐車場がある。そこから城址までは徒歩で約60分程度の登山になる。)

 

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