山中城

山中城(★★★★静岡県三島市山中新田)

1560年頃北条氏康が西国への押さえに箱根十城のひとつとして築城したのが起源で、四代目氏政は1587年に豊臣氏との対決の為に大改修している。その目的は最前線軍事拠点であり、北条氏独特の築城法が用いられた。

残存水準は非常に良好であり、障子堀、畝堀がよくとどめられている。その規模は雄大なものであるが、豊臣秀次らの約7万の軍勢にはひとたまりもなく、午前10時ごろ開始した戦いはわずか数時間正午には決着し、落城した。「秀吉としては絶対に落とさなければならない城であり、また、緒戦の勝利によって、小田原攻めそのものにはずみをつけたいところでもあったので、不退転の覚悟を示す必要があった。」(小和田哲男氏)

国道一号沿いに所在しているが、堀址や土塁址などを雄大に見ることができる。無粋な遺構復元をする場所が多い中で、適切で好感のもてる保存方針である。

 

 

 

(保存状況は非常に良好であり、見応え十分。規模も雄大だ。後北条氏の築城技術がとてもよく分かる。)

(国道をはさんで出城から本城の全景を望む。)

 

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