川越城

 康正三年(1457)に大田道灌が築城したという。城内には神の加護を祈って三芳野神社が祭られた。その後松平家によって1639年に拡張されている。関東地方の動乱に乗じて台頭してきた北条早雲であったが、その早雲が江戸城から追った上杉定政は川越城に拠る。その定政が病没したのを好機と北条氏綱が攻城し、重臣・北条綱成を城主に北条氏の重要な要害となった。しかし上杉氏は積年の禍根を晴らすべく足利氏らと連合を組み約8万の兵で取り囲む。猛将地黄八幡で鳴る綱成が頑強に籠城し、また主将の北条氏康が小田原城より援軍に来陣する。北条氏はさまざまな手段で敵を翻弄し、ついに夜戦において殲滅される事に成功する。(『関八州古戦録』)

川越の夜戦は「日本三大夜戦」として著名であるが、小和田哲男氏によればいくつかの戦いが総合されているものではないかという。その後北条氏は豊臣秀吉によって滅ぼされ、川越城も前田利家によって攻略されている。現在、周囲はグラウンドなどに変わり、三芳野神社をわずかに除いて、戦国時代をしのぶ事はできない。

(城址に戦国時代のものはないようだ。

ただ当時から城内にあったという「とうりゃんせ」の発祥の地である三芳神社は今でも見られる。)

 

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