須田城

標高471,46m、比高71m。

この山城は鎌倉時代から戦国時代まで、現在の日滝から小山にかけての一帯を支配した須田氏が築いたもので、本拠の城は本郷にある大岩城とその麓・蓮生寺のあたりに居館を構えていたと推定されている。須田城はそれらの出城であったとされる。須田氏は戦国時代武田・上杉の争いで上杉方に従った。慶長三年(1598)上杉氏の会津への国替えに伴い、須田氏がこの地を離れた際、廃城になったと云われている(『現地説明板』)。

城址は臥竜公園、竜ヶ池の裏山である臥竜山。山頂は公園化しており、明確な城郭としての面影は感じにくい。堀と思われる地形もあるが遺構かは不明である。

 

 (【左写真】頂上部で広い平場 【右写真】一帯は広大な平場となっているが遺構かは不明)

(登山道に設置の説明板)

 

 

 戻る

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送