森城(仁科城)

木崎湖の畔に位置する名族・仁科氏400年の本拠。湖の水を掘りに引き込んで、水城であったという。

仁科氏のくわしい系譜は不明だが、戸隠山の鬼女「紅葉」を退治した平維茂の末裔といわれ、約800年前から戦国時代の末期にわたる400年間いろいろな家系の豪族が仁科氏の名跡を継承してきたとされる。

初期の居城は現在の大町市社地区館の内に、中期にはここ木崎湖畔の森地区そして後期には大町市中心街に移ったという戦国期には仁科盛康は武田の軍門に降る。その子・盛政は信玄の命によって川中島にて上杉謙信と戦うが、上杉方と通じているという疑惑によって陣から甲府に呼び出されて、自害させられている。盛政の子・孫二郎も身に危険が及ぶと確信して湖水に自ら投身して果てたという。

仁科の名跡は信玄の五男・盛信が継承して、武田氏が乗っ取った。

木崎湖の湖畔にある。仁科神社のある所がもともと本丸のあった場所。

  

(本丸址にある仁科神社。その後方には右写真のように郭と見られる平地があり、土塁も見られるが後世のものかも知れない。)

 

 (左奥が本丸。この道は当時は水堀になっていたという。)

 

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