蔦木城

城址は蔦木宿の後方の山にあって、今の三光寺の背後あたりと思われる。

蔦木宿はもともと河原であったこの地に計画的につくられた宿駅で、徳川家康が都市整備事業のために造ったという。内藤新宿から数えて43番目に当たるこの宿は1615年頃に作られ始めた。蔦木宿の大きな特徴は、河原地に計画的につくられた宿駅のため幅広い一直線の道路を確保し、北と南の入口には桝形道路を設けて防備に備えた。また用水の堰は両側の家裏を通していた。開駅時から明治にいたるまでの宿場の賑わいは相当なもので、商店が立ち並び南諏訪の繁栄の中心となった。

もともとは武田氏の家臣・教来家が支配する地域であって、教来石民部少輔・馬場信房の出城であったという。しかし『日本城郭大系』にも記載がある通り遺構はなく、城域を確定するもの困難。

 

(この辺りが城址であるが明確ではない。)

 

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