社山城

築城年、築城者は定かではないが、『宗長日記』によれば文亀年間(1501〜150
3年)に斯波氏と今川氏の争乱の地となって、斯波氏が敗れ去ったため今川氏の支配することになったようである。標高130メートルの山に築かれた山城である。

1560年桶狭間の合戦後に今川氏が没落していくと徳川家康の支配するものになったが、1573年に武田信玄が遠江州に侵攻してくると武田氏と徳川氏の攻防が行われた。元亀3年には合代島に本陣を構え、その時にこの社山城を改修する。浜松城のある三方ヶ原台地に進出するのに、社山城山麓の天竜川をわたる重要な渡河地点であるために武田信玄は城を重視し、馬場美濃守信房を入れて守らせたという。1582年に武田家が滅亡すると城としての利用価値は減少し、1590年家康関東移封に伴い廃城となる。

現在、山頂には八幡神社があり、空掘、土塁、曲輪が残されている。

 

(城址は小高い山の頂上にある。規模さほど大きくないが郭や堀がよく残る。)

  

 (二の丸堀切と大手口の郭にある土塁。右写真は大手口にある堀切で、ここを越えれば城内。)

 

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