六郷殿館

天文年間の1532〜1555年に、上杉式部大輔憲幸が在居した場所という。一説に、この憲幸は関東管領・上杉憲政の子であったが、後北条氏によって攻められ、ここから落ちていったといわれるが、確証はない。

『新編武蔵国風土記稿』を編纂した1800年代初頭には、すでに陸田と化して「大屋敷」という地名しか残ってなかったようだが、今ではそれも無くなって、正確な位置を決めることも困難である。

(正確な場所は伝わっていないが、呑川沿いが要害として適している。)

(付近には青嵐寺や蒲田小学校があるが、この辺りだったのかも知れない。)

 

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