殿町城

上杉憲幸館とも呼ぶ。川崎市大師河原の東、多摩川河畔に「殿町」という地名がある。ここは『新編武蔵国風土記稿』に上杉憲幸館があった場所だとの伝承が紹介されている。

1532〜1555年頃関東管領・上杉憲政の一族としてこの地を治め、「六郷殿」と呼ばれていた憲幸は、後北条氏の侵攻を受けて、北蒲田の居城を落されてしまう。その為この地で最後の決戦を挑むべく城を築いて必死に防戦したものの、ついに城は陥落、憲政は上総に落ちていったという。

1561年には憲政が管領職を長尾景虎(上杉謙信)に譲って上杉家は没落した。憲幸も後北条氏の傘下に入ったものの安房国里見氏との合戦に従軍し、20歳半ばで戦死したと言われる。

(殿町一丁目。住宅街と化し、それらしいものは何も残っていない。)

 

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