小田野城

この城に関する史料は発見されていなく、地元の口伝のみを頼りとする伝説の城とされていたが昭和53年の教育委員会の調査で戦国末期のものと思われる遺構が確認された。

一説に後北条氏家臣の小田野源左衛門という武士が八王子城築城の頃に築いたという。『日本城郭大系』では、八王子城の出城的な役割であった可能性を指摘し、またこの城主が滝山城もしくは八王子城の合戦の際に出仕した時の屋敷址ではないかとの推測をされている。

他に天正18年(1590)6月に上杉景勝の軍勢に攻め落とされたという言い伝えもある。

現在周辺は公園と宅地になっており、県道のトンネルが城跡の下を通過しているが城址はかろうじて保存されている。どうも未完成の城であったらしく、縄張りは粗野な印象を受ける。ただ本郭は非常に広大で、土塁もよく残存している。おそらくはもともと屋敷があった場所を、後北条家の危機にともなって城としての改築を施したのであろう。

県道の「タウン入口」を南側に入って称讃寺の脇に登山道がある。

 

 

(【左写真】主郭。かなり広く八王子城の御守殿にも近い。【右写真】本郭虎口。)

 

(本郭の南北には良好な土塁が残る。【左写真】は北側。【右写真】は南側。)

(城址遠望)

 

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