小倉城

標高970m、比高270m。

北小倉の長峰が南に突き出た尾根にある険しい山城。

詳しい歴史は明らかでないが、天文年間(1532-1555)には小笠原氏の家臣・秋山与一が在城し、のち小笠原貞政が城主となった。深志城主・小笠原秀政が天正十九年(1591)に下総に転封になると廃城に帰したという。

小笠原貞政は安曇郡の軍事・行政権を委任されていた最高責任者であって、その居城であった小倉城は軍略上重要な役割を担っていたと思われる。

遺構としては本郭から二の郭、三の郭が連なり、それを帯郭が取り巻いている。本郭の北側は深い堀で防御しており、他にも堀切がいくつか確認でき、尾根を南側に下った場所に見晴らしに使ったと思われる平場があって搦め手の防御をしている。

 

  (【左写真】山麓にある城址石碑 【右写真】城址は中央の山頂にある)

 

  (【左写真】大手口の堀切手前から主郭を望む 【右写真】主郭であまり広くはない)

 

  (【左写真】二の郭。いずれも規模は大きくない。 【右写真】本郭下の帯郭)

 

  (【左写真】城址より安曇野平を望む 【右写真】城址南側の見晴台)

(『三郷村誌』より。五角形の本郭から二の郭、三の郭を続き、帯郭が巻く。)

 

(登山経路図・国土地理院発行の2万5千分1地形図

  

『日本城郭大系』や『三郷村誌』には北沢からが一番容易に登山できると記されているが、その道がどこにあるのかは不明。北小倉から小野沢牧場に登る林道の麓に分岐(左写真)があるので、それを右に行けば上記の石碑がある。沢を渡ってしばらく登ると中央写真の神社に出る。ここからが問題で一気に登山道が頼りなくなる。誤るとロッククライミングを強いられるので要注意。わずかに見える踏み址にしたがって上っていく。その道が右写真だが、結構キツい傾斜で息があがる。城址までは約40分程度の登山は覚悟すべきだろう。

 

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