赤沢氏館

浅間館とも。

平城。現在の浅間温泉街の近く本郷小学校が比定されている。

この地域の豪族である赤沢氏の居館であり、その詰の城と思われる洞山城(早落城)からほど近い。赤沢氏のことは詳しく分からないが、赤沢経康という人物は稲倉・苅谷原城主を担った小笠原氏の重臣であったものの、1550年の武田信玄の信濃侵攻を機に小笠原氏から離脱、武田氏に降り、信玄の信濃侵攻に尽力した。武田滅亡後は小笠原長慶に従ったが、1583年に反逆を企てたかどで古厩氏などとともに自刃して果てた。

居館址は女鳥羽川沿いにあったと考えられ、松本から伊深城、三才山城、刈谷原城へ続く山道入口の要衝の地に位置する。

 

 

 

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