田屋城

南安曇郡南部地方の豪族・西牧氏の山城のひとつ。

1546年に西牧讃岐守貞兼の築城。上野城とも呼ばれ、中・田屋集落の背後にあり、金松寺山から出ている尾根の一つの標高1065mの城山頂上にある(『梓川村誌』)

山嶺には主郭を設け、その東西両端に空堀を置いているだけの簡素な造りであるという。東端の堀は埋もれてしまい、かろうじて窺い知れるほどであるが、西端のものは2m程度の深さであるらしい。この山城は本城である北条城に比べて極めて簡素な構築で、防御的価値も少なく、結局ひとつの砦のような存在であったようだ。

 

(【左写真】比高で北条城より100m高い。梓川を挟んで敵対する波田地方が遠望できるので、見晴台になっていたのだろう。)

(【右写真】山麓の金松寺。小笠原長時は林城を武田信玄に追われた後、まず安曇野方面に逃亡した。野野宮合戦で武田軍に一矢を報いると、この寺に家臣・土豪を集めて反武田軍を結成して中塔城に立て籠もったという。)

(『梓川村誌』より)

 

 

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