淡路城

戦国末期の慶長年間に築城し、城主は春日淡路守という。しかしハッキリしたことは不明で、天文21年(1552)に破却された波田山城を守る平城で、根小屋の役割も果たしたという説もある。

この波田町一帯は寛正3年(1462)頃に、信濃守護小笠原氏の一門である櫛木一俊が地頭となって治め、飛騨・木曾への境を守るとともに梓川対岸に西牧氏と抵抗を繰り広げた。武田信玄によって敗れると四散して滅亡したという。その際に波田山城が破却されたというから、その後ここを治めた人物が築城したのかも知れない。

城址は住宅と畑になり、城址の石碑を除いてそれと分かるようなものはない。城址へはJR波田駅から南に県道25号の坂を登り一本目を右に曲がった住宅地の一角にある。地元では「歴史の遊歩道」として整備された道沿い。

 

 (地元の方の話によればこの石碑はもう少し北側の段丘上にあったものを何十年か前に現在の場所に移動させたらしい。)

 

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