武居城

鎌倉時代末期、洗馬の庄に地頭として入った三村氏の築城という。16世紀初めに、三村氏が本拠を芦の田に移すまでは、この城が三村氏にとって最も重要な城であった。その後も改修が続けられ、現在の遺構は戦国末期のものであるという。

城は三方からの尾根を二重の堀切で分断し、防御を堅固にしている。また西側の斜面には横堀の下に七条の竪堀が配されている。西側は特に防御姿勢が顕著で、向い城の意味でなのか、何らかの理由があったものと思える。主郭は明治期に開墾されたようで、旧状は壊されたようである。それでも投石に使うとも考えられる河原石がごろごろしている。

城址は「城山」一帯にあって、「武居城公園」として非常に整備が行き届いている。

 

 (【左写真】城址北側斜面に8条ある竪堀 【右写真】その竪堀をさらに切る横堀。なぜここまで北側を厳重にしたのか興味あるところで、この城の大きな特徴である遺構。)

 

 (【左写真】本郭で土塁は残っていない 【右写真】北側の二重堀切。あまり残存してないが確認はできる。)

 

 (【左写真】腰曲輪 【右写真】帯郭) 

 

 (【左写真】城址遠望。北側から) 

(【右写真】現地縄張り図。黄色が竪堀と横堀。緑は堀切。図の下方が北側で、そちらに設備が集中しているのが分かる。なお、地形的には南側は急斜面だが、北側とさほど差異はなく、それ以外の理由によるものだろう。)

 

 

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