武居城

片山古城とも。山麓の段丘とそれに続く丘陵の小山を利用した複合城。中洲神宮寺にあり、諏訪五郎時重の築城という。

『諏訪古事記』によれば元徳二年(1330)、諏訪五郎時重が北条高時の婿となり、信濃一円に勢力を拡大して、ここに居館を構えた。そのわずか3年後、高時と共に鎌倉で自害し、その後の城主は不明になる。文明十五年(1483)諏訪大祝継満は惣領家を倒して祭政二権を握ろうとしたが、失敗して高遠に逃れ、翌文明十六年再挙して諏訪に侵入し、廃城になっていた武居城を改修したという。天文十一年(1542)武田信玄によって落城させられている。

本能寺の変の後に、諏訪頼忠が諏訪地方の支配権を回復して高島城に入り、廃城となったようである。

 

 (【左写真】城址を居館址から見る 【右写真】武居畑遺跡で城主の居館と集落のあった場所)

 

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