尾野山城

標高750m、比高100m。

尾山城とも。生田地方の本格的山城。

尾山氏代々の居城で、天文十年(1541)武田信虎が海野氏攻略で小県まで侵攻した際に落城し(『神使御頭之日記』)、天文十七年(1548)には、砥石崩れの際には、武田氏に与した小諸与良がここに布陣して村上氏攻略の拠点にしたという。また、天正十三年(1585)の第一次上田の合戦では、真田昌幸が三千余騎を率いて同城に拠ったとされる。城主であった尾山氏はもともと海野氏に属し、その後、丸子、矢沢、祢津、小泉氏などと共に武田氏に従属している。

尾野山山頂に築かれ、郭と堀切、石積みの一部などが残存しているというが、訪問時は雪で遺構を明瞭に確認できなかった。

城址へは尾野山集落に入ると立っている「愛宕山展望台」と書かれた看板に従って進むか、集落の奥の観音様卍から裏山に徒歩で登る方法がある。

 

(【左写真】城址遠望 【右写真】城址削平地)

(信濃史学会編『信州の山城』縄張図)

 

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