小山田城

鎌倉時代、小山田有重の築城。標高120m、比高30m。現在の大泉寺の裏山が城址。

小山田氏は秩父氏の庶流で、有重は承安元年(1171)に小山田の地に居館を構え、近くには小野路城を配した。小山田氏が滅亡した元久2年(1205)年の22年後に、その菩提を弔うために、居館跡に建立されたのが大泉寺という。

その後戦国時代に入ると、国境の要衝として重要視され、扇谷上杉氏によって改修を受け、関東管領の内乱時には拠点のひとつとなり、長尾景春軍によって落城させられている。後北条氏時代、永禄2年(1559)成立の『小田原衆所領役帳』によって、小山田氏は後北条氏に属す他国衆として、都留郡を本拠としながらも、小山田荘16箇所を領していた。この時の当主は、最後に武田勝頼を裏切った、小山田信茂であり甲斐武田氏と後北条氏の間で生き抜く独立家であった。ここ小山田城もその城郭群のひとつとして使用されていたのであろう。

現在、その城址である裏山に登っても、藪が激しく、これといった遺構は確認できない。ただ、郭は二つあって、それが堀切によって区画されていたのではないかと思われるような地形にはなっている。

 

(【左写真】空堀址? 【右写真】小山田氏歴代の墓)

 

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