鍬形原烽火台

標高836m。ここからはかつて発掘によって、いくつかの堀切が出ている。その規模が大きくないことから烽火台として利用されていたと推察されている。(『松本市史』)

埴原城にも近く、おそらく武田信玄と小笠原長時との争いの際に築かれたものであろう。発掘時の資料はないが、堀切が複数存在するのであれば、城として機能していたのかも知れない。

中山の頂上がその址地、現在は中山霊園の一角、鍬形神社になっている。周辺はゲートボール場、見晴台公園になっており、遺構らしきものは見られない。

 

(右写真は鍬形神社)

 

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