花岡城

尾尻城とも。花岡城は諏訪湖の湖尻で、天竜川が諏訪湖へ流れ出す河口の南にある小山にある。諏訪盆地を展望でき、伊那口を抑える軍事上の要衝である。城主は花岡氏であるといわれる。花岡氏は有賀氏の支族といわれるが、有賀氏は諏訪氏の支族であるので、花岡氏もまた諏訪氏に属した。

武田信玄が上田原の合戦で惨敗すると、林城(松本市)の小笠原長時は、村上義清、安曇郡の仁科一族、武田方から離反した長時の義弟藤沢頼親らとはかり、約5000の兵を束ねて4月中旬、諏訪へ進攻、諏訪下社を占領し、上原城の室伏玄蕃允(板垣信方の弟)を牽制。佐久地方では武田方の内山城、宿城を襲い、付近に放火した これに呼応して、7月、諏訪西方衆(下諏訪・岡谷)の土豪、矢島・花岡一族は、農民をたきつけて一揆を起こし、西方衆と共に挙兵。武田方を締め出した。

しかし塩尻・勝弦峠の合戦で小笠原氏を壊滅させた信玄は花岡氏も武田軍に討伐され、花岡城もこのとき破却されたらしい。武田信繁・板垣信方が在城したともいう。

自然の要害を利用して築城され、五稜郭形式となっている。土塁、郭跡がよく残り中世期の城(支城、砦)の様子をよく残している。戦国時代には伊那口のおさえであった。

  

(本郭と二の郭。ここからは諏訪湖の展望が素晴らしい。)

 

 (二の郭から見た本郭。右写真の全景は中央の山の頂上が城址。入口はなかなか分かりづらい。)

 

 

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