加納城

加納城(★★埼玉県桶川市加納)は、赤堀川の低湿地を防御に利用した中世の平城。

発掘調査の結果から、戦国期を下限とする室町時代に存続した城であると考えられます。平面形は出丸をもつ丸形の内郭と、それを取り囲む外郭で構成されています。
この城の来歴や城主は不明ですが、岩槻太田氏の支配下にあった「鴻巣七騎」と呼ばれた土豪のひとりである本木氏であると推定されています。
昭和30年代までは土塁や堀を良く残していましたが、住宅団地造成により、その遺構の大部分を失ってしまい、現在は内郭土塁と堀のごく一部を残すのみとなっています。
現在の城跡団地がある範囲が、城の内郭部分と外郭の一部に該当しています。外堀のあった部分は、現在では道路となっており、当時の城跡形状をしのぶことができます。城郭南西隅にあった外堀の「おりひずみ」も、現在の道路形状に見ることができます(『現地説明板』)。

城跡は宅地化で多くを損なわれているが、桶川市がとても真摯に保存・整備をしている。現在では土塁と堀の残滓にそのよすがを偲ぶだけであるが、城郭遺構の少ない地域だけに貴重な史跡と言える。

 

(現地説明板より)

 

 

(【左写真】●城址入口。ここは堀跡であった。【右写真】城址石碑)

 

(【左写真】城址案内【右写真】写真2左の微高地が土塁で、真ん中は堀跡。「内郭」は左の土塁の向こう側も湮滅している。)

(【左写真】写真3付近の状況。ここは「外郭」と考えていいのであろうか。【右写真】城郭南西隅にあった外堀の「おりひずみ」

2014年8月5日14:00頃訪問

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