曲尾城

根子屋城とも。標高770m、比高100m。真田町曲尾地区の通称根子屋に位置し、東太郎山から東北にのびる尾根先に構築されている山城。

歴史的な面は不明だが、隣の峰に築かれた千古屋城と同一の城郭とする説もあり、武田氏の重臣・大熊朝秀が守ったとの伝承が残る。「根子屋城の高い城」とも呼称されている。

山全体が城址であり、山腹から無数の削平地がある。またそれらは石塁で囲まれ、本郭に向かうにつれて複雑な縄張りとなっている。本郭の面積も広く、十分篭城に耐えうる城郭である。本郭は高い石塁で囲まれ、そこから搦め手の尾根筋に下っていくと二重の堀切が厳重な守りをなしている。
これらの遺構から考えるに、真田氏の諸城では、松尾古城と併せて、最も新しい改修を受けていると思われる。ともに街道を扼する重要な城郭であることを鑑みると、少なくとも真田昌幸の頃、若しくは徳川氏の時代まで下ることができるかも知れない。

立地条件であるが、松代へつながる地蔵街道を眼下に収めると同時に、傍陽川沿いに砥石城まで直結する古道を守っていることが分かる。
往時、この古道がいかに重視されたかを物語っている。また、曲尾地区は松代方面から真田の本領に侵入する最終防御線であるが、そこに配された城郭である洗馬城、曲尾城、横尾城のうち、特に曲尾城だけの縄張りが高度化されているのは興味深いところである。

城址へは「曲尾交差点」を傍陽川の方に下って行き、「根子屋橋」を渡って左に曲がる。山道を走るとすぐ城址への案内板が立っている。そこから登山約15分で本郭。かつては惣石垣の壮観な城であったと思われ、真田町の城郭では遺構の素晴らしさが特出しており、ぜひ推奨したい史跡。また、真田町の整備も非常に行き届いている。

 

(【左写真】城址の登山道入口 【右写真】大手道の段郭)

 

(【左写真】段郭は多数の石積みで囲まれている 【右写真】城山全体に広がる段郭)

 

(【左写真】番門があったような要所 【右写真】本郭虎口で入り組んだ大手道)

  

(【左写真】本郭で、近年まで神社があったらしく礎石が見られる。奥は遺構の土塁。)

(【右写真】搦め手の二重堀切)

(自作縄張り図)

(城址遠望。中央の山頂に本郭。)

(洗馬城からの眺望)

真田氏諸城配置図

 

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