大崎城

清水山古城とも。標高808m、比高100m。

歴史面は不明。城主についても、一説に仁科氏の被官・清水盛好とされるが、確証はない(『信府統記』)。

大町市の西方にある鍬の峰の前山から、南方に突き出た山のピークに築かれ、西山城とは乳川扇状地を挟んで北方4キロの地点であることから、西山城の支城とされている(『信州の山城』)。

遺構は、昭和電工発電所の建設で一部破壊された可能性もあるが、ほとんど手も入らず良好に保存されている。単純な連郭で、堀切や帯郭などを配す古い形状であるが、規模はそこそこ大きい。それらから元々この地を支配していた豪族の築城と思われ、武田氏が仁科家を併呑する天文十九年(1550)以前の改修で、その後、若干の人工が施されたのではないか。

城址は県道306号から長畑に進み昭和電工発電所のある山。発電所内には容易に頂上付近まで続く階段があるが立入禁止。今回は道なき道を登って約20分。他に一般の登山道があるのかは不明。城址碑などは一切見られない。

(自作縄張図。上が南郭で右が西側の尾根。)

 

(【左写真】主郭。15m×15mほどであろうか。【右写真】主郭の帯郭。数段に亘る。)

 

(【左写真】本郭南の長方形の小郭。倉庫などが建っていたような遺構。【右写真】本郭から南郭との間の堀切。)

 

 (【左写真】西尾根上の一番目の堀切。(【右写真】次の堀切と主要部への虎口。)

 

 (【左写真】西尾根から城址を見る。【右写真】遠望。主郭左の窪地が発電所。)

 

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