椿城

 上野城とも。武田信虎が甲斐を統一する時に頑強に抵抗した大井信達の居城。今川氏と連携するなど執拗に抵抗した大井氏であった。1515年には信虎が攻撃しているが(『勝山記』)、攻め手の多くが深田に足をとられて行動の自由を失って討たれたという。しかし1518年には連歌師の斡旋によりついに信虎と和睦。その講和条件として信虎の正室となる大井夫人を差し出す。同夫人はその後に信玄や典厩信繁を産んだ才媛である。

武田氏滅亡とともに大井氏も帰農して途絶え、その城址を知る者もいなくなったという。本重寺北側の桑畑の中にある本丸址といわれる場所には屋敷神の石楼があり、かつて耕作時に抜け穴と思われる大穴が出てきた事もあるというが、城址の面影は全く残っておらず、まさに幻の城である。

(中央に石楼がいくつかあるが、そこが本丸址という。しかしそれらしい遺構全く見られない。)

 

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