滝の城

滝の城(★★★埼玉県所沢市城23-1)

狭山丘陵の一角の低地に向って落ちる急な崖を利用し、東南方を流れる柳瀬川を防御線とした平山城で、その敷地は約6万6千平方mともいう。現在でも本丸を中心とした遺構が良く保存されている。本丸は柳瀬川を見下ろす城址の東南部に位置し、現在の社殿は櫓台跡の上にある。本丸の北西には、空堀を隔てて二の郭的な曲輪があり、城はこの方向にいくつかの曲輪を配したようで、部分的に遺構が残存している。また、大手は、さらに北方に所在していたとみられている。

この「滝の城祉」は戦国時代、八王子を根拠地としていた後北条氏の築城と推測され、一族の北条氏照の持城と考えられ、滝山城(その後の八王子城)の支城であったと云われている。永禄七年(1564)の北条氏の清戸番衆交代命令状をみても、清戸下宿に番所があって、城の防御と密接な関係があったと推定されている。

その歴史は分明には出来ないが、天正十八年(1590)、豊臣秀吉の小田原攻略の際に、周辺の諸城とともに落城し、幕を下したものと考えて間違いないであろう(『所沢市資料』)

城址へは関越自動車道所沢ICからほど近い。東所沢病院のすぐ隣で、県道179号沿いに大きな「城山神社」の看板があって訪問しやすい。本郭、二の郭、空堀などが良好に保存されており、都心から近いわりには満足できる城址遺構である。

 

 

(【左写真】本郭址の城山神社。周囲は土塁が巻く。【右写真】大規模な空堀が良好に保存)

 

(【左写真】二の郭で奥に土塁が確認できる 【右写真】本郭土塁上より新座市方面を望む)

 

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