岡津古久城

標高58m、比高12m。室町時代の築城。

玉川の南側「岡津古久」の丘陵は、複雑に交錯し、その地形は容易に把握できない。そんな山間に樹木に囲まれた低い尾根があり、「城山」と呼ばれている。当城は伝承・城主ともに不明である(『日本城郭大系』)。

城山の尾根は、丘陵の一角から北側に延び、先端部が東へクランク状に折れ曲がり、そのあたりが城の中心部で、やや広い平坦地が認められる。郭は高低差をもって三段に分かれる(現在ほとんど埋もれている)。また城郭と尾根筋を分断する堀切(深さ4m、幅6m)が明確に残っている。主郭の東下には、小規模の郭があり、その下段には稲荷が祀ってある(『日本城郭大系』)。

これらは室町時代の小豪族のもっとも素朴な城郭形態と考えられ、残存状態も良好で、貴重な遺構である。城山の西側には尾根に登れる耕作地がある。近辺は私有地と考えられ訪問には配慮が必要。

(自作縄張図)

 

(【左写真】主郭。現在はやや傾斜があり、完全な平坦ではない。【右写真】主郭には空堀らしき窪地がある。

 

(【左写真】主郭下の小郭。【右写真】小郭から主郭を見上げたもの。

 

(【左写真】尾根筋の堀切。きれいに残っている。【右写真】堀切を横から見る。

(城山中腹の稲荷)

(城山全景。やや右側の窪地が堀切。)

 

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