埴原田城

茶臼山城とも。比高40m。文明年間(146787)、埴原田小太郎行満が築城。

埴原田(はいばらだ)城は、20m×25mの主郭の北側には土塁が残り、主郭南方には二の郭を配し、その下斜面には三段の帯郭がある。主郭北側の尾根は、二条の堀切で切断されている(『日本城郭大系』)。

城址は、県道192号の埴原田口バス亭の交差点を西に入り、正面の四差路を直進右奥に進み、ほどなく右手に観音堂への階段が見える。その裏手から5分もせずに主郭へ行ける。

(参考サイト『信玄を捜す旅』)

 

(【左写真】主郭 【右写真】埋もれているが、主郭裏手の堀切跡。

 

(【左写真】二の郭と思われる削平地。【右写真】段郭が続く。

 

 (【左写真】大手道とされる観音堂。裏手に登城路あり。【右写真】城址遠望

 

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