南熊井城

標高714m、比高14m。

庁丘の台地が田川に落ちる辺縁部に立地している。台地の単郭の館城で、南北63m東西55mの面積をもっていた。東南に12〜15m幅の空堀、北は中段に底幅数mの横堀、その下に道路があって、正面は、松林寺の所と思われる(宮坂武男著『図解 山城探訪』)。

戦国時代、北熊井城の出城のひとつとして、小笠原氏や武田氏の支配化に入った平城。犬っ原には近年まで旗立の松などが残っていたという(小松克己著『塩尻夜話』)。

城址は、松林寺の裏手で、やや破壊を受けているようだが、大規模な空堀が良く残っており、武田氏が築城した平城として貴重な遺構である。

(参考サイト『信玄を捜す旅』)

(宮坂武男著『図解 山城探訪』掲載の縄張図)

 

(【左写真】城址碑 【右写真】城址にある小祠

 

(【左写真】主郭は耕作地になっている。【右写真】主郭周囲は空堀で比高をかせいでいる。

 

(主郭背後〔東側〕の大規模な空堀)

 

(【左写真】主郭北側の空堀 【右写真】空堀にある虎口らしき場所

(松林寺。背後に城址がある。)

 

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