小山城

標高676m、比高70m。

依田川と武石川が合流する小山の頂上に位置する。広さは東西18m、南北27mだが築城者は不明という(『長野県町村誌』)。天文年間、小山某がここに拠り、天文十一年(1543)武田晴信によって攻め落とされたと伝わる(『小県郡誌』)。その真偽は定かでないが、戦国時代には大井氏の所領で、武田軍の侵入に何らかの抵抗を行ったと思われる(『図解 山城探訪』)。

城址は、武石地区でよく目立つ独立丘であり、いかにも城砦を築きたくなる立地である。頂上部分には「御岳大神」が祭られており、後年の改変も否定できない。全体的に、山城らしい顕著な遺構は見られず、数段の郭、帯郭、わずかな堀切跡が確認できるのみである。

城址へは、小山の北西麓にある稲荷神社からが良い。明らかな道は乏しいが、7分も登れば頂上。なお、この稲荷神社裏には、明確な削平地と土橋、石積みがあるものの遺構かは分からない。

丸子地方の城郭地図

(宮坂武男著『図解 山城探訪』掲載の縄張図)

 

(【左写真】主郭。御岳大神碑が建っている。【右写真】いくつか見られる帯郭。)

 

(【左写真】土塁を設けた帯郭もある。【右写真】尾根に残るわずかな堀切跡。左右に窪地がある。)

 

(【左写真】中腹にある稲荷神社。【右写真】付近には石積みがあるも遺構かは不明。)

 

(【左写真】また、はっきりした削平地と土塁も見られる。【右写真】登山道入口 )

(城址遠望)

(登山経路図・国土地理院発行の2万5千分1地形図

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