武石城

標高660m、比高14m。大和守屋敷、大井の本城とも。

下武石の小字小路から上武石の小字片羽、六句にまたがる地域で、現在の武石小学校あたりが跡地。

永和元年(1375)大井長信という人物が築城。天文十四年(1545)武田晴信によって落城した(『武田三代記』)。文禄二年(1593)大井氏の嫡流が途絶えて没落すると廃城になったという(大正十一年『小県郡史』)。

かつては空堀と土塁の跡があったようだが(大正十一年『小県郡史』)、現在、遺構は何も残っていない。武石小学校の南は崖になっており、東に隣接する妙見寺の北の道が大手と推定されるものの、確かなことは分からない(『図解 山城探訪』)。

丸子地方の城郭地図

(宮坂武男著『図解 山城探訪』掲載の鳥瞰図)

 

(【左写真】跡地の武石小学校付近 【右写真】大手道。奥に詰の城である中山城が見える。)

(城址遠望)

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