霊泉寺城

標高764m、比高100m。霊泉寺山砦、古城とも。

独鈷山の南麓、内村川と霊泉寺川が合流するところに挟まれた山に位置する。

この城に関する史料・所伝は一切ない(大正十一年『小県郡誌』)。戦国時代、大井氏の城だったか、真田氏の丸子城の出砦かとも考えられるが詳細は不明。内村川の谷は西行すれば三才山峠を経て府中あるいは会田明科へも通じる所で、西の勢力を意識して設けられたものであることは確かなようである(『図解 山城探訪』)。

主郭はテレビ塔のある場所で、18×9mの楕円形をしていて、土塁の残片と思われる地形がある。また一部に石積みも確認できる。現在の登山道は、そのまま往時の大手道と思われ、主郭を回るように登り、いくつかの切通しが防御している。小規模な城砦だが、城に登る雰囲気が肌で感じられ満足度は高い。

霊泉寺温泉の東、老人ホームの裏手に遊歩道がある。そこから15分ほどで主郭。

丸子地方の城郭地図

(宮坂武男著『図解 山城探訪』掲載の縄張図)

 

(【左写真】主郭。残念ながらテレビ塔が建つ。【右写真】主郭にある石祠。)

 

(主郭は石積みが全周していたようで、随所に名残りが見える。)

 

(【左写真】主郭の虎口部 【右写真】虎口下には補強・土止めの石積みが残る。)

 

(【左写真】第一の堀切(切通し)【右写真】第二の堀切(切通し)堀底道になっており、戦国時代の雰囲気十分。)

 

(【左写真】山麓の遊歩道入口 【右写真】城址遠望 )

(登山経路図・国土地理院発行の2万5千分1地形図

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