平尾城

標高951m、比高208m。山古城とも。

平尾城(長野県佐久市大字上平尾字城)は、平尾富士の西側の秋葉山から派生する尾根を利用して築かれた。

居館は白岩城で、当城から眼下に望むことができる。

平尾氏は、依田修理亮為泰が、応仁の乱の直前頃、大井持光に降ってこの地に移住したことに発する。
以後、天正十八年(
1590)平尾守芳が藤岡に転封になるまで、五代に亘り白岩城に住み、主君である大井氏と伴野氏、村上氏との争いが激化した永正年間(1504-1520)に、三代・信守が平尾城を築城したとされる(『山城探訪』)。

城址は、主郭から東側に四の郭まで配し、尾根筋は複数の堀切で遮断している。また郭の土塁の一部には石積みの痕跡も残っている。主郭の西側には二本の尾根が伸びており、それぞれ段郭と堀切で防御している。

縄張りには高度さは無いが、規模が大きく、平尾氏の威勢が偲ばれる。

城址へは、山麓から尾根伝いに登ることもできるが、平尾富士のスキー場から楽に訪問できる。ゲレンデ脇を通る林道を進むと、途中で車輌通行止めになっているが、そこから10分も歩けば辿り着ける。

(参考サイト:信玄を捜す旅

(国土地理院発行の2万5千分1地形図

長野県教育委員会編『長野県の中世城館跡-分布調査報告書-』掲載の概念図

(現在の航空写真)

 

(【左写真】主郭。土塁が取り巻いている。【右写真】主郭にある小祠。他に城址碑などは無い。)

 

(【左写真】主郭の土塁。【右写真】主郭北西部には虎口が開いている。)

 

(【左写真】主郭虎口部。後年に整備されたのであろう。【右写真】主郭に一部見られる石積み。)

 

(【左写真】主郭の先の尾根に見られる段郭。【右写真】二の郭から主郭を見上げる。)

 

(【左写真】二の郭。削平状況は良い。【右写真】二の郭・三の郭の間の堀切。)

 

(【左写真】付近には帯郭も見られる。【右写真】二の郭に散見される石積みの遺構。)

 

(【左写真】三の郭。居住も可能な面積を有する。微高の四の郭から撮影。【右写真】四の郭下の石積み遺構。)

 

(【左写真】四の郭下の堀切。【右写真】同。搦め手の城域は、この堀切までと思われる。)

(林道が通っており、訪問は容易。ゲレンデ付近で車両通行止めだが、そこから徒歩で行ける。)

(城址遠望。中央の山頂が城址。その右の山脈が平尾富士で、出砦が残っている。)

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