龍岡城

標高717m。

龍岡城五稜郭(長野県佐久市田口)は、函館とともに日本に2つしかない五つの稜が星形に突き出た擬洋式城郭。

函館の五稜郭に3年遅れ、慶応三年(1867)、藩主・松平乗謨(のりかた)によって築城。
乗謨は、洋学を積極的に取り入れたほか、崩壊間近の幕閣にあって、老中格・陸軍総裁の要職にあった。また、明治に入ると、佐野常民とともに博愛社(現在の赤十字社)の設立に尽力したという(『佐久市資料』)。

五稜郭は、各陵堡に大砲を設置することによって、敵からの死角をなくし、守るに易く攻めるに難しい構造を目的とされた。
明治四年(
1871)明治政府が全国城郭の破却を命じたことから、龍岡城五稜郭もそのほとんどが取り壊されが、御殿の一部である”御台所”だけは、学校としての使用申請が認められたため、現在でも当時を知る唯一の遺構として保存されている(『佐久市資料』『日本の名城・古城事典』)。

北側の山には中世山城の田口城が聳えている。

(国土地理院発行の2万5千分1地形図

(航空写真

 

(【左写真】城址石碑【右写真】本丸跡の田口小学校)

 

(【左写真】本丸跡に祀られた招魂社【右写真】周囲に良く残っている水濠跡)

(現地説明板)

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