勝見城

標高990m、比高190m。余地城、依路城とも。

勝見城(長野県南佐久郡佐久穂町大字海瀬字余地)は、海瀬城の東側2キロで、佐久地方から武州に抜ける十石峠、上州に抜ける余地峠の街道が合流する交通の要衝に位置する。

山並みは険しく、南側は巨岩が累々と続く大岩壁で、正に要害の地形である(『図解 山城探訪』)。

この城を築いたのは伴野氏系の友野左近中将忠常という人物で、ここが要衝の地であり、また、それまでの本拠・花岡城の水が乏しかったことため移ったという(『鳥渡聞覚書』)。
左近中将の子・右近進は、武田氏に降り、武田勝頼に属して討ち死にしたとされる(『図解 山城探訪』)。

一説には、天文九年(1540)五月、武田氏の侵攻で落城し、その後、武田氏の上州攻略になんらかの形で利用されたと推定される(『日本城郭全集5』)。

城址は、東西1キロ余の細長い岩山上に中世城砦の遺構が残るという。

市販の広域地図に、なぜか「勝見城」が掲載されているが、そのポイント(城の南側)からでは登山はできないようである。城の北側から登るのが良いらしいが、今回は見送った。

(参考サイト:武田家の史跡探訪

 

(国土地理院発行の2万5千分1地形図と城址の航空写真

(長野県教育委員会編『長野県の中世城館跡-分布調査報告書-』掲載の概念図

(宮坂武男著『図解 山城探訪』掲載の鳥瞰図)

(城址遠望)

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