中川城

中川城(神奈川県足柄上郡山北町中川)は、室町時代に豪族の河村氏によって築城されたという(『日本城郭大系』)。

甲斐武田氏の領地である都留郡から道志街道を経て犬越路に至る要衝の地であり、後北条氏が甲斐からの武田氏の侵攻を防御する最前線として重視されたと思われる(『日本城郭大系』)。

近くの河村新城が、永禄十二年(1569)武田信玄により湯ノ沢城・足柄城深沢城とともに落城したという(『甲陽軍艦』)。

また、天正九年(1581)には武田勝頼の軍勢に攻められた(『寛永土屋譜』)というから、その際にはこの中川城においても戦いあったとみるのが自然だろう(『日本城郭大系』)。

天正十八年(1590)豊臣秀吉による小田原城攻めによって後北条氏が滅亡すると廃城となったとされている(『日本城郭大系』)。

 

(城址は現在バンガローになっており、許可がなければ立ち入る事ができない。遺構がどれほど残っているかは不明である。)

 

(城址の回りの山には左写真のような沢谷が何本かある。これも自然の防御になったであろう。右写真は城址全景。中央川沿いの林がそれだが、確かに断崖の上にあるものの、取り立てて要害の場所であるとは思えなかった。城址の場所であるが、丹沢湖を走る県道76号を中川温泉へ向うと上ノ原集落の手前に「中川橋」というバス停があって、そこの近くに河内川の対岸に渡れる橋があり、それを渡って左に進むとトンネルを過ぎた先に城址とバンガローの看板がある。)

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