三増峠合戦武田信玄本陣跡

標高309m、比高136m。

神奈川県愛甲郡愛川町の東名厚木カントリー倶楽部にある小高い山は、永禄十二年(1569)十月六日、付近で行われた武田信玄と北条氏照・氏邦の三増合戦の際、信玄が本陣を置いた所とも、その旗を立てた所ともいわれる。

当地には、三増・中・志田の三峠が存在し、そのうちでも最も険しいのが中峠であり、信玄はこの峠近くに聳える松に旗を立てたという(『現地説明板』)。

しかし、これが何の史料に拠ったのかは分明ではない。確実な史料からは武田軍の布陣の詳細は一切伝わっていないことから、そのまま史実とは受け取れない。

ただ、この山からの見晴らしは抜群で(遠く横浜みなとみらいまで眺望できる)、陣を置くには適した場所であることは確かだ。とはいえ、史料の裏付けのない伝説・伝承に過ぎないと思われる。
頂上には、旗を立てた松の二代目と称されるものもあるが、これなどは全く信用できない。

なお、頂上部には、削平地と土塁状の地形がある。遺構と見られないこともないが、合戦の状況を鑑みれば、そのような改修工事はしなかったであろう。山腹に見られる腰曲輪、空堀状の地形も同様である。

登山道は、カントリー倶楽部に進めば随所に案内がある。

(国土地理院発行の2万5千分1地形図名と航空写真)

(現地説明板)

 

(【左写真】頂上部。意外に広く、布陣も可能だ。【右写真】合戦地に向かって土塁状の地形もある。)

  

(【左写真】信玄旗立て松の子孫と称されるもの。【右写真】旗立て松の石碑。紋章学の権威・沼田頼輔氏の筆。)

 

(【左写真】虎口部 【右写真】山腹の段郭状の地形。遺構かは不明。)

 

(【左写真】帯状の削平地もある。昔の登山道かも知れない。【右写真】帯状地の空堀形の地形。)

(頂上からは遠くベイブリッジまで見渡すことができる。)

(旗立て山の遠望)

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