西林砦

於田屋城の東方の防御・監視の為に築かれた砦で、梓川村大字梓の立田から段丘を登った八幡神社・南北条4663地点の断崖上の要害地に位置する。於田屋城からは400m程度の近距離で尾入沢沿いの扇状地北側を守っている。尾入沢の対岸には荒海渡砦がある。

ここの主である西牧氏は南安曇郡南部地方の豪族で、鎌倉時代に入る前後に中村居館から於田屋城に移り住み、400数年間に亘って威勢を誇った。周辺には多くの山城や砦を築き、戦国時代には武田信玄に属して天文十六年(1547)の塩尻峠の合戦では仁科・山家氏らとともに小笠原氏から離脱し、小笠原氏を敗北に追いやった。しかし武田氏滅亡後は小笠原貞慶によって逆に滅ぼされたという。

『梓川村誌』によれば、もともと150m×80mの単郭であったというが、現在遺構の残存度は良好でない。ただ、そもそも地形が築城に向いているので、大規模な防御設備は配していなかったのだろう。

 

(【左写真】砦跡にある神社 【右写真】断崖の要害の地形にある)

 

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