今泉館

今泉氏は武蔵七党の一つで、承久の乱の際、宇治川・宇治橋の合戦で戦死した今泉七郎がいる(『吾妻鏡』)。

この居館は永享年間(1429-1441)に築かれ、永享の乱では鎌倉公方に与する一色伊予守六郎がここに入って立て籠もっている(『鎌倉大草紙』)。

館跡は上今泉二丁目、西側に水田を望む比高13mの台地上と推定されている。館跡と水田には「井戸坂」が残っており、これは、かつて館の茶の湯に使用した井戸があったことに由来するという(『日本城郭大系』)。その他、周囲は住宅地となって遺構は見られない。

 

(【左写真】正面台地上が跡地。右側に「井戸坂」が見える。【右写真】「井戸坂」

 

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