高幡城

標高130m、比高50m。

高幡城(東京都日野市高幡町)は、高幡不動尊のある金剛寺裏山に占地する。

この城に関する史料は無く、裏山の麓が江戸時代に「根小屋」と呼ばれていたことしか分かっていない(『新編武蔵国風土記稿』)。

享徳四年(1455)一月、立河原合戦(関東公方足利成氏VS関東管領山内上杉氏・扇谷上杉氏)で敗れた上杉憲秋は高幡不動まで逃れて自刃している。
すでにこの頃、高幡城は存在しており、第二次立河原合戦(永正元年・
1504)でも付近で戦いがあったことから、その拠点に使用された可能性が指摘されている(『日本城郭大系』)。

城址は平野の独立峰で、周囲への展望はすこぶる良い。尾根に沿って細長い数個の郭が連続し、一部に空堀らしき地形も認める。
しかし、自然地形を利用した簡素な縄張りであり、築城は室町時代以前で、その後、戦国時代に使用されたとしても大規模な改修は無かったものと思われる。

(国土地理院発行の2万5千分1地形図

(『日本城郭大系』掲載の縄張図)

 

(【左写真】最高部の本郭。簡素だが城跡として良いだろう。【右写真】本郭の碑。)

 

(【左写真】本郭から一段下がったところにある郭。【右写真】そこには空堀らしき地形が残る。)

 

(【左写真】さらに続く郭跡。【右写真】主要部の虎口箇所。土塁などは無い。)

 

(【左写真】その先には堀切のような地形がある。【右写真】城址の周遊道。帯郭の名残りか。)

(城址遠望)

 

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