根々井館

根井城、根井氏館とも。

根々井館(長野県佐久市根々井)は、南側を湯川が流れる低地に位置し、現在、正法寺が建っている。第二次大戦までは道本城根々井館されていた。

根井(ねのい)氏は、望月国親がこの地に移住し、土地の名を称したことに始まり、広大な牧場を経営して強力な騎馬軍団を形成して武士に伸し上がったという。
その後、木曽義仲に与し、治承四年(
1180)丸子町の依田城で挙兵している(『図解 山城探訪』)。
根井行親は、「義仲の四天王」と評されたが、
寿永三年(1184)宇治の合戦に参加、京都の三条河原で戦死したと伝わる(『源平盛衰記』『現地説明板』)。

かつては土塁が四周する館址だと思われるが、遺構は残されていない。

東方に隣接する根々井集落には、「屋敷」「市坂」など、政庁や交易市場をうかがわせる地名が残っているという(『現地説明板』)。

また、正法寺境内には根井行親供養塔が建っているが、もともとこの寺は北側段丘下にあったと伝わり、寺と根井氏の関係も明らかでない(『定本 佐久の城』)。

(参考サイト:信玄を捜す旅 飛騨の山猿大王

(国土地理院発行の2万5千分1地形図

現在の航空写真)

 

(【左写真】館の跡地。遺構は残されていない。【右写真】館跡の碑が建っている。)

 

(【左写真】跡地の正法寺。【右写真】境内に建つ立派な石碑。)

(対岸からの遠望)

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