道本城

根井幸親居館とも。標高682m。

道本(どうほん)城(長野県佐久市大字根々井字道本城)は、根々井集落の背後、湯川に面した塚原台地の断崖上にあったとされる。

ここは、根井(ねのい)氏の館跡とも、牧場の跡ともされている。第二次大戦前までは根々井館とされていたという。

根井氏は、望月国親がこの地に移住し、土地の名を称したことに始まり、広大な牧場を経営して強力な騎馬軍団を形成して武士に伸し上がったという。
その後、木曽義仲に与し、四天王・根井行親は治承四年(
1180)丸子町の依田城で挙兵し、寿永三年(1184)京都三条河原で戦死している(『図解 山城探訪』『定本 佐久の城』)。

城址は、湯川に面した断崖の淵に位置し、湯川に浸食され、地形そのものが流れ消えた可能性がある。堀のような窪みも認められるが、周囲は開発されて、その縄張りや遺構は不明のままである。

一説に、主郭は40m四方で、一段低い副郭(60×100m)、外郭(150×80m)があり、東側には土手、北・西側には濠があったとされる(『定本 佐久の城』)。

ただ、同じ台地は広大なもので、ここで牧場が経営されていたことは間違いないようである。

(国土地理院発行の2万5千分1地形図

長野県教育委員会編『長野県の中世城館跡-分布調査報告書-』掲載の概念図と航空写真

 

(【左写真】跡地に残る「根井幸親居館跡」石碑。『定本 佐久の城』より。【右写真】城址遠望)

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