福田城

標高837m、比高47m。城ヶ峰とも。

福田城(長野県南佐久郡佐久穂町大字上字本郷)は、高野城の西2キロに位置し、北を新田川、南を北沢川に挟まれた、細長い丘陵一帯に存在した。

その歴史は判然としないが、いつの時代か、福田美作守という人物が居住したという伝承があり、そのため”福田城”と呼ばれるようになった(『図解 山城探訪』『日本城郭全集5』)。

城址の丘陵は広く、どこまでが城なのか良く分からない。明光寺は古くからあったようだが、その他に観音堂、農村広場、白山神社なども見られ、後年の改変を受けたようである。また広く耕作地になっている。

『日本城郭全集5』は、本曲輪が「城ヶ峰」と呼ばれ、あと二の曲輪から成ると記している。

農村広場の西側には、荒れているものの削平地群が残っており、この付近は遺構と見て差し支えないだろう。他にも掘切のような地形もあるが、どこまで遺構としていいか判断に苦しむ城郭である。

 

(国土地理院発行の2万5千分1地形図と城址の航空写真

(長野県教育委員会編『長野県の中世城館跡-分布調査報告書-』掲載の概念図

(宮坂武男著『図解 山城探訪』掲載の鳥瞰図)

 

(【左写真】明光寺。手前は段郭状だが、遺構ではなさそう。【右写真】尾根上の農村広場と観音堂。元々は郭だったのか?)

 

(【左写真】広場から西側の頂上を見上げる。ここからは城址と考えられる。【右写真】登っていくと小祠がある。)

 

(【左写真】笹で覆われた郭。虎口的な存在。【右写真】さらに見上げると、段々になっている。)

 

(【左写真】いくつかの段郭らしき地形を認める。【右写真】二の郭と言うべき削平地。ここにも小祠がある。)

 

(【左写真】主郭。荒れ放題で下草に覆われている。【右写真】城址からの展望。)

(城址遠望)

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